大学入試において「総合型選抜」の重要性が高まっています。かつてのAO入試から進化したこの制度は、学力だけでなく生徒の個性や意欲も評価する「総合的な選抜方法」として注目を集めています。従来の偏差値偏重から脱却し、自分の強みを活かした進学を実現できる新たな選択肢として、多くの生徒や保護者から支持されています。総合型選抜専門塾AOIの小澤代表に、総合型選抜の目的やメリット、効果的な対策方法についてお話をうかがいました。
今回お話をうかがった先生

小澤 忠(こざわ ただし)
株式会社花形 代表取締役 新卒で野村證券へ入社しトップクラスの営業成績を獲得し、その後MerrillLynchPB証券からヘッドハンティングを受けプライベートバンカーを5年経験。安定した生活だったものの「このままでいいのか」と疑問が生まれ、自分が本当にやりたいことの実現を決意し、総合型選抜専門塾AOIを運営する株式会社花形を設立
インタビュアー

古岡 秀士(ふるおか ひでし)
「塾シル」を運営する株式会社ユナイトプロジェクトの代表取締役社長。2012年に青山学院大学大学院を卒業し、医療系ポータルサイトの営業を経て独立。塾シルは全国で13,000教室以上の学習塾を掲載している。
総合型選抜が人気な理由とは?
—— 本日は総合型選抜専門塾AOIの小澤代表に総合型選抜の対策についてうかがいます。まず総合型選抜の目的についてお話しいただけますか?
総合型選抜は国の高大接続改革の一環として重要視されています。「学力の3要素」ーー知識・技能、思考力・判断力・表現力、主体性・多様性・協働性ーーをバランスよく育むことに重きを置かれています。
入試制度も大きく変わり、以前の一般入試・推薦入試・AO入試は、「一般選抜」「学校推薦型選抜」「総合型選抜」に再編されました。かつてのAO入試は「一芸入試と揶揄されることもありましたが、現在の総合型選抜では学力もしっかり評価される文字どおり総合的な入試へと進化しています。
——総合型選抜を利用する大学が増えていると聞きます。
そうですね。総合型選抜の入学者数は増加していて、2024年度の入試では約9万8520人、全体の16%を占めています。毎年6000〜7000人のペースで増加中です。早稲田大学や東北大学の研究では、総合型選抜を利用して入学した生徒の方が大学入学後の成績が高いというデータも出ています。東北大学は今後総合型選抜に100%移行する方針を発表しています。こうしたデータを収集し、総合型選抜の効果を確認した大学では、今後、総合型選抜に比重を移す動きがみられる可能性があります。
—— 総合型選抜入学者の評価が高い理由は何でしょうか?
総合型選抜の受験生は、志望する学問領域について、志望理由書や小論文の準備を通じて基礎的な知識をあらかじめ調べておく必要があります。たとえば経済学部を志望する生徒であれば、経済に関する基本的な概念や社会的な課題について一定の理解を持っていなければ、小論文や面接で説得力ある主張を展開することは難しいでしょう。
こうした事前のリサーチによって、自分の関心や将来像と大学の学問分野とのミスマッチが起きにくくなるという特徴があります。
さらに、自分のリサーチクエスチョンを立て、「この問いを解くためにこの学問が必要であり、この研究室/ゼミで学びたい」という構造を具体的に描いているため、入学時点での学修モチベーションが高く、学びに対する主体性も強い傾向があります。
—— モチベーションが高い状態で入学するということですね。
しっかりと目的意識を持って受験に臨むことになります。求められる能力にちゃんと向き合って受験すれば、当然モチベーションも維持されます。幅広い知見というよりは、より専門的な知見で戦うものと言えます。
総合型選抜で求められる「個性」とは?
—— 目的意識がはっきりした状態で入学できるのは大きな強みですね。では総合型選抜で重要視される「個性」についてはどうでしょうか?
重要なのは「自己分析」です。就職活動でよく行われるような自己分析を、私たちの塾では最初に徹底的に行います。特に「あなただからこそ立てられる問い」がどの文脈やストーリー、背景から生まれているのかが非常に重要です。
難関大学の総合型選抜入試では、客観的なデータだけでは加点要素になりにくく、生徒自身の人生経験から導き出される問いの方が評価されます。単なる「私はこんなにすごいです」という自慢話ではなく、「なぜこの問いを立てるに至ったのか」「なぜこの課題に取り組むのが私でなければならないのか」を最初の段落で明確に答えることが大切です。
——高校生ではそこまで人生経験に差がないように思えるのですが、違いは出てくるのでしょうか?
もちろんです。高校生の年齢でも、経験の「深さ」や「解釈の仕方」には明確な違いが生まれます。
たとえば、家族の介護を身近で見てきた経験や、アルバイトで多様な年代の人と働いた経験、部活動での葛藤や挫折、地域ボランティアで社会課題に触れたことなど、一見すると誰にでも起こり得る出来事のなかに、それぞれが異なる気づきや価値観を育んでいます。
重要なのは、その経験をどう捉えて、どのような行動をしたかです。同じ出来事でも、「自分は何に心を動かされたか」「その経験からどんな課題意識が芽生えたか」「それに対してどんな行動をとったか」といったプロセスに個性が宿り、総合型選抜においては強い説得力を持ちます。
偏差値だけに頼らない新しい進路選択
—— ポジティブもネガティブも含めた人生経験から個性を見出すということですね。具体的な例として他にはどのようなものがありますか?
私たちの塾では、「なぜ今のあなたがあるのか」「どういう未来を描くのか」「どこに興味が向いて、どのような得意分野を掛け合わせていくのか」という自己分析を深く行います。これが学問や業界へのアプローチにつながります。
たとえば、弁護士になりたいという生徒から話を聞くとき、その原体験を掘り下げると、本当は「SNSでの誹謗中傷で傷つく人を減らしたい」という思いがあったりします。普通の高校生ではこうした本質的な思いはすぐには見つからないものですが、5回ほど深掘りすると必ず見えてきます。
この本質的な思いによって、「被害者を法的に支援したい」なら弁護士という道を選び、「一人ひとりの声に丁寧に向き合いたい」と考えるなら心理カウンセラーの道を選ぶなど、アプローチが大きく変わります。自分の目標や未来像をしっかり作り、それをバックキャストして最適な大学・学部・研究室を探すことが重要です。
一般選抜では偏差値順に大学を選びがちですが、総合型選抜では「自分の問いを追求できる場所はどこか」という視点で全国から大学を探します。たとえば去年、アリ(蟻)の研究が大好きな生徒がいて、自宅にアリの透明パレットを置いて巣作りを観察していました。この生徒にとっては香川大学の教授(アリ研究の第一人者)のもとで学ぶことが最優先であり、東大に行く意味は全くありませんでした。こうしたアプローチの違いが総合型選抜の特徴です。
—— 従来の「偏差値で大学を選ぶ」という考え方と全く異なりますね。この総合型選抜の増加傾向はこういった価値観の変化と関連していますか?
やはり現代の若者は「やりたいことがわからない」と悩んでいます。私自身は夢や個性を過度に強調するのは避けていますが、「この方向に進みたい」という動機付けがあれば十分だと思います。変化し続けられる人であれば良いのではないでしょうか。
私たちのアンケートでは「やりたいことを発見できた」「自己開示できた」「自分にマッチした志望校を発見できた」という回答が多いですが、それも現時点での判断に過ぎません。これに固定化されすぎるのではなく、何かに興味を持って走り出せるモチベーションが芽生えていれば良いと考えています。
求められるのは本人のストーリー
—— 志望理由書など、総合型選抜特有の書類作成についてアドバイスをいただけますか? 最近では多くの場面で生成AIを作文に使う人が増えていると聞きます。
当塾ではフレームワークは提供しますが、形式に縛られすぎないことを重視しています。文章が形にとらわれすぎると、合格は遠のきます。ありきたりな文章や一般化された表現であればあるほど、教授がすでに見たことのあるものである可能性が高くなるからです。
ChatGPTなどのAIが生成する文章は、個人の性格や過去の体験を反映できず、パーソナリティが乗らないため危険です。その生徒にしか書けない世界観と語彙で表現することが重要です。
小論文の語彙力・知識力・言語化能力・論理的思考力と、面接での表現力、そして志望理由書の内容に差があると不自然さが露呈し不合格になりかねません。あくまで本人のストーリーと言葉で書かれた、一貫性のある志望理由書を作ることが大切です。
私たちは生徒に寄り添い、「なぜそう思ったのか」「どういう経験があったのか」「その分野への思いは何か」といった対話を通じて、本人の言葉で表現できるよう伴走します。面接もここに紐づいています。
—— 総合型選抜の面接や小論文についても教えていただけますか?
面接では内容と表現力の二つが重要です。礼儀作法は就職活動と同様、相手に不快感を与えない程度であれば問題ありません。しっかり挨拶し、話ができれば十分です。
面接官側は通常5〜7つの質問を準備しますが、全ての質問に回答できなくてはなりません。熱心な生徒ほど準備してきた内容をすべて話したくなり、一つの質問に対して長々と説明し、エピソードも交えてしまいがちです。15分程度の面接で3問程度しか質問できなくなると、「評価ができない」と判断される可能性があります。
小論文は非常に重要です。知識が問われる試験であり、論理的思考力・知識力・語彙力が評価されます。自分のデータや知見を持って論理展開することが求められるため、勉強なしには解けません。専門性が高く、得点の構造も明確です。
総合型選抜の対策で重視すべきこと
—— 志望校選びの戦略についてアドバイスをいただけますか?
二つのアプローチがあります。本人のステータス(成績や資格)から受験可能な大学を探す方法と、本人の問いに最適な大学・学部を探す方法です。理想的にはその両方が合致する場所を見つけることです。
総合型選抜には専願(入学確約)と併願があります。専願の場合は本当に第一志望でなければなりません。ダブル出願は原理的にはできますが、出願校だけでなく自分の高校にも迷惑がかかるため倫理的に避けるべきです。当塾では第一志望の専願校と2校程度の併願校を組み合わせたトライアングル型の戦略を基本としています。
そのほかに重要な評定や英語資格がネックになるケースも多いです。評定3.5前後、英検2級もないとなると、選べる大学は限られます。英語資格要件を設ける大学も増えています。有名大学ほど研究レベルや学生のレベルも高いので、同じ学問をより高いレベルで学びたければ偏差値の高い大学を目指すことになります。
——なるほど。 「一般選抜は難しそうだから総合型選抜で楽をしよう」という考え方は間違っているということですね?
はい、いわゆる裏技的な方法は、年々通用しなくなっています。英語力や評定の条件も厳しくなり、小論文試験も増えています。小論文では知識・論理的思考力・語彙力が厳しく問われますので、勉強せずに突破することは困難です。
高2までに準備を始めれば選択肢が広がる
—— 総合型選抜の対策はいつから始めるべきでしょうか?
高3では9月から出願が始まるため、理想的には高2の夏までに始めることをお勧めします。一般選抜が2500〜3000時間の勉強時間を要するのに対し、総合型選抜は400〜500時間程度と言われ、時間数では少なく仕上がります。とはいえ、高3の春から始めると短期間に集中して取り組む必要があり、一般選抜の対策との両立が難しくなります。
高2から始めれば小論文を週2〜3題ずつじっくり積み上げられ、英検や評定も整えながら余裕を持って準備できます。評定4、英検準1級、小論文対策ができていれば選択肢は広がります。
まとめると、高3の春からでも間に合うことはあるが、英検2級と良好な評定がないとかなり厳しいと認識いただければと思います。
—— 総合型選抜の合格者は塾をどの程度利用しているのでしょうか?独学での突破は難しいものなのでしょうか?
近年はより厳しくなってきています。全体の倍率は2倍前後ですが、慶應義塾大学SFCなどの難関大学では6〜10倍になることもあります。特に東京では通塾率が高く、関西でもその傾向が広がっています。9万8000人の入学者のうち9万人が私立大学で、東京と関西がメイン市場となっています。
文章力だけでなく、その生徒ならではの個性やストーリーを引き出す伴走者が必要なため、塾としては非常に手間のかかる指導になります。当塾では完全個別指導にこだわっていますが、これはその子のオリジナリティから離れれば離れるほど合格からも離れると考えているからです。
一般的なフレームワークや過去の合格事例をなぞることは、教授がすでに見たものを再提出するリスクがあります。個人の物語から始める本質的なアプローチが、最も安全で効果的な道筋だと考えています。
—— 保護者ができるサポートについてアドバイスをお願いします。
総合型選抜は「不安との戦い」です。生徒だけでなく保護者も経験したことのない入試であり、みな不安を抱えています。合格基準も明確ではないため、距離感がつかみにくいのが特徴です。
何より大切なのは応援の姿勢です。否定や「こうあるべき」という押し付け、過度な干渉は避けるべきです。私たちも、生徒が持つ引き出しを一緒に開けていく役割に徹しています。本人が考え、書き、実行する主体性を尊重してください。
一般選抜と異なり、問題集を解く姿が見えないため「勉強していないのでは」と心配になるかもしれませんが、YouTubeでのリサーチも立派な準備です。子どものペースや感情に寄り添い、生き生きと過ごしてほしいという本来の思いを大切にしながら伴走してください。
——本日はありがとうございました。
取材協力:総合型選抜専門塾AOI(運営:株式会社花形)
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