AI技術の急速な発展により、教育現場でも新たな可能性が広がっています。特に生成AIの登場は、個別最適化された学習支援の実現に大きな期待を寄せられています。
今回は、学習塾での指導経験を持ち、教育特化型AIプラットフォーム「スクールAI」を開発する株式会社みんがく代表取締役の佐藤雄太氏と、学習塾のポータルサイト「塾シル」を運営する古岡秀士による対談を通じて、教育現場におけるAI活用の現在と未来を探ります。
今回お話を伺った先生
佐藤雄太(さとう ゆうた)
筑波大学卒業後、予備校での勤務を経て、10年以上に渡り、自ら学習塾を経営。全国規模のフランチャイズ塾の最優秀オーナーを5年連続受賞。その後、テクノロジーの力で教育現場の課題と向き合う株式会社みんがくを創業。オンライン自習室・家庭学習クラウドなどEdTechサービス「みんがく」を開発し、日本E-Learning大賞(特別部門賞)やAisa EdTech Summit(金賞)を受賞。
インタビュアー
古岡秀士(ふるおか ひでし)
「塾シル」を運営する株式会社ユナイトプロジェクトの代表取締役社長。2012年に青山学院大学大学院を卒業し、医療系ポータルサイトの営業を経て独立。塾シルは全国で13,000教室以上の学習塾を掲載している。
「理想の個別指導」をAIが実現する?
古岡秀士
ーー 教育業界に身を置く者として、近年のAI技術の進展には大きな関心を寄せています。本日は教育×AIをテーマに教育現場をDXする「スクールAI」の開発に取り組む佐藤さんにお話を伺いたいと思います。まずは自己紹介をお願いします。
佐藤雄太
株式会社みんがくの佐藤雄太と申します。もともと学習塾や学校現場で指導にあたり、塾の経営もしていました。現場での経験を通じて、テクノロジーの力を使って教育の質を向上させていく過程を見てきました。それでもまだ解決していない教育現場の課題はたくさんあります。それらをテクノロジーの力でどう解決していくか? その目的の達成のために新たに会社を立ち上げました。
ーー 塾経営の経験をお持ちなのですね。私は学習塾の経営者の方々からお話を聞く立場にいますが、教育現場には独特の文化や課題があるように感じます。今回、佐藤先生がAIツールの開発を決意されたきっかけについて教えていただけますか?
自分の塾を運営していく中で、生徒の学力差や多様性が年々広がっているのを感じていました。生徒ひとりひとりに合わせた教育が必要になっていて、たとえば「個別指導」がその解決の一つの手段だとは思いますが、一方で先生の人数が物理的に限られているため、「個別最適化」された教育を提供するのは人の力だけでは限界があるとも感じていました。
ーー おっしゃる通りです。生徒ひとりひとりのニーズは多様化していっても、現場で指導にあたる講師の確保が追いついていないといろんな塾からお聞きします。しかし、講師にあたる大学生の人数も減っていますし、これまでプロ講師として現場に立っていた方々の高齢化の問題もあります。その解決のためにここ10年でICT教育(※1)やタブレット学習が急速に普及し、さらにここでAIの導入も始まりました。
※1. ICT教育(Information and Communication Technology)……教育現場において情報通信技術を活用する手法のこと。具体的には、パソコンやタブレット端末、電子黒板、インターネットなどのデジタル技術を用いて教育を行うものを指す。
2000年前後のインターネットが普及し始めた時期と似た状況だと感じています。当初は一部の人しか使わなかったものが、徐々に生活になじみ、教育でも当たり前に使われるようになっていく。その後、高速インターネットが普及し、映像配信などのサービスが教育に浸透していきました。AIも同様の道筋をたどると考えています。
教育現場は他の分野と異なり、対象が未発達の子どもであるため、指導やテクノロジーの効果が見えにくい点があります。そこはAIの普及において支障になるとは思いますが、現在あらゆる分野でAIが活用されている状況を見ると、時間がかかっても教育現場でもAIが当たり前になる日は必ず訪れると考えます。
ーー なるほど。以前はデジタル教材の導入に慎重だった教育現場が、今では当たり前のように活用していますからね。御社の「スクールAI」について、詳しく教えていただけますか? 他のAIサービスとの違いについても興味があります。
スクールAIが実現する、一人ひとりに寄り添った学習支援
スクールAIは教育に特化したAI活用のプラットフォームとして展開しています。「ChatGPT(※2)」などの現在主流になりつつあるAIサービスは汎用性が高いものの、大人向けに作られているものがほとんどです。教育現場で子供たちが使うことを考えると、学年や年齢に合わせて最も使いやすいAIツールに設計していく必要があります。
※2.ChatGPT(チャットジーピーティー)……OpenAI社が開発した対話に特化したAIチャットサービス。ユーザーが入力した質問や指示に対して、人間のように自然な文章で回答を生成する。
スクールAIの最大の特徴は、生徒ひとりひとりの情報とAIを紐づけることができる点です。先生が生徒の登録をして、成績、性格、そのほか部活などの情報を入力すると、その情報に沿って最も理解しやすい説明を提供します。さらに、先生は生徒のAIとの対話履歴を確認でき、どの部分でつまずいているかを把握してフォローアップすることができます。
ーー 生徒ひとりひとりの情報とAIを紐づけることができるのですね! 教育業界では、「個別最適化(※3)」という言葉をよく使いますが、なかなか実現が難しい課題でした。さらに2020年の入試改革の前後から「暗記の再現から現場思考・表現アプトプットへ」という大きな転換期を迎えました。この点についてはどのようにお考えですか?
※3. 個別最適化……生徒一人ひとりの学習能力や進度に合わせて、最適な方法で成長させることを意味する。従来の一斉授業との対比となっており、カリキュラムや評価方法なども個別に最適化することで学習効果を高めるとされる。
時代の変化とともに、表現力やアウトプットの重要性が増しています。端的な例では総合型選抜を入試方式として取り入れる大学が増えています。この試験では小論文やプレゼンテーション能力も求められます。これまでの指導は集団指導・個別指導ともに最終的には同じ内容(インプット)をいかにうまく教えるかという課題にとどまっていましたが、この試験ではさらに個々の生徒の発言・作文(アウトプット)に踏み込んで指導しなくてはなりません。
現場の先生たちもその必要性を理解し、個々に実践したいと考えています。しかし、時間的・物理的な制約があり、全員分のフィードバックを行うことが難しく、深いレベルに踏み込んで個別の対応をすることができずにいます。
しかしAIを活用することで、生徒のアウトプット中心の学びをサポートし、適切な評価とフィードバックを提供することが可能になります。さらに、AIは多様な視点を生徒ごとに提供することもできます。
ーー 私も全く同感です。特にアウトプット型の学習では、タイムリーなフィードバックが重要ですよね。実際の教育現場では、スクールAIをどのように活用しているのでしょうか? 具体的な成功事例があれば教えていただけますか?
効果が顕著なのは英作文や作文の添削です。自由英作文などの場合、先生が添削して返却するまでに時間がかかりますが、AIを使うとその場で採点とフィードバックが得られます。最終的に先生が確認することで、安心感のある指導が実現できます。
「英検2級で使われる単語に変える」「訂正した理由を詳しく述べる」など手書きの添削ではできなかった指導が行える。
また、英会話の練習でも効果を発揮しています。コミュニケーション英語は毎回異なる対話が求められるため、従来の映像授業では対応が難しい部分がありました。AIは音声での対話が可能で、まるで目の前に人がいるような会話ができます。練習後は日本語でフィードバックを受けられ、本番の授業の前に十分な練習ができます
他には、歴史上の人物との対話をシミュレーションしたり、異なる背景を持つ相手との会話を練習したりすることで、多面的な思考力を育むことができます。
従来の教育・指導との調和を目指す
ーー 従来から用いられている教科書や問題集を中心にした学習では一つの正解を導き出すことが重要で、それは今も有用ですね。これについてもAIの活用は増えるのでしょうか?
そこは生成AIの活用において重要な課題の一つです。生成AIは必ずしも一つの答えに収束せず、教え方にもばらつきが出る特徴があります。これは作文添削などでは利点となりますが、単一の正解を求める場面では課題となることがあります。
紙の教材は専門家の監修・校閲を経ているので非常に丁寧に作られていますが、生徒の理解度の差が広がる中で同じ説明では十分な対応が難しくなってきています。
そこで現在、教科書や教材とAIを連動させることで、正確性を担保しながら個々の生徒の理解度に合わせた解説を提供できる仕組みの開発を進めています。
ーー なるほど。ご自身の現場での指導の経験から導き出された仕組みですね。「理想的な指導」と「現場で実現可能な指導」のバランスに苦心されている先生は多いと思います。現在のAI活用状況と今後の展望についてはいかがでしょうか?
現在はまだ導入初期で、先生方も手探りの状態です。そのため、スクールAIでは多くのテンプレートを用意し、たとえば英作文の添削用や面接練習用など、目的に応じて選択できるようにしています。
しかし、これはあくまでも一般的なテンプレートです。教育は小学校と高校では全く異なり、地域によっても、教科によっても、さらにはクラスごとにも違います。たとえば、東京と大阪では、同じカリキュラムでも進度や重視するポイントが異なることがありますよね。
将来的には、各先生が現場のニーズに合わせてAIをカスタマイズできる環境を目指しています。プログラミングの知識がなくても、日本語で指示を出すだけで独自のAIアプリケーションを作れる。近い将来、どこの現場でもヒトに合わせた指導ができるようになります。
テクノロジーと向き合う力を育てる〜「待つ」より「触れる」時代へ〜
ーー それは楽しみですね! 技術の発展に伴い、AIリテラシーの育成は重要だと考えているのですが、この点についてはどのようにお考えですか?
テンプレート通りにAIを使うだけでなく、その仕組みを理解し、適切に活用する力を育む必要があります。そこで現在私たちは生徒向けの動画コンテンツを作成したり、先生方に向けてリテラシー教育のノウハウをパッケージ化して提供したりしています。
AIは本来、思考を深めるためのツールですが、何も考えずに使えば思考停止につながりかねません。質問する力を育てることも、AIを活用する上で重要な要素となってきます。
ーー 若い世代のAI利用について、不安に感じている保護者や先生もいらっしゃるかと思います。そういった方へアドバイスをいただけますか?
従来の家庭学習では、参考書の丸つけで完結していましたが、今では作文や英作文、スピーチの練習など、より幅広い学習活動にAIを活用できます。保護者がすぐに添削やアドバイスができない場面でも、AIを介することで適切なフィードバックが得られ、それを踏まえて保護者が支援することができます。
新しいテクノロジーなので、最初は慎重になるのは当然です。インターネットやスマートフォンの初期でも同じでした。まずは保護者の目の届く環境で使ってみることをお勧めします。
ーー スクールAIには教具の側面がありつつも、教育の現場にいる先生のためのプラットフォームといえますね! 最後に、これからAIを子どもたちの指導に活用したいと考えている人へメッセージをいただけますか?
はい、スクールAIは先生方が自由にカスタマイズできるプラットフォームを目的として設計してます。現場の先生方と常に連携しながら、「こういうことがしたい」というニーズに応じて、その場で新しいアプリケーションを作り出すことができます。また、教材会社や教科書会社との連携も進めており、既存の教材コンテンツと組み合わせることで、より深い学習支援が可能になると考えています。
AIの進化のスピードは、インターネットの普及とは比べものにならないほど速くなっています。インターネットが現在の状態に至るまでに約30年近くかかったのに対し、AI分野ではChatGPT3が登場してからわずか2年で世界が変わろうとしています。
進歩が落ち着いてから手に取ろうという姿勢では、いつまでたっても追いつけない状況です。新しいテクノロジーへの不安は理解できますが、まずは実際に触れてみることで、その可能性と限界、またリスクも理解できます。保護者や先生と一緒に使ってみることで、適切な使い方や注意点についても学ぶことができます。
すでに子どもたちは、検索エンジンや地図アプリなど、AIが組み込まれたサービスを日常的に使っています。だからこそ、保護者や指導者も正しい使い方を学び、テクノロジーを味方につけていく姿勢が重要になってきます。ぜひ、お子さまと一緒にAIという新しい学びのツールに触れていただければと思います。
ーー 本日は貴重なお話をありがとうございました。教育現場でのAI活用はまだ始まったばかりですが、佐藤さんのような先駆者の方々の取り組みによって、より良い教育の実現に近づいているのを実感しました。今後の展開にも大いに期待しています。
取材協力:株式会社みんがく
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